5-1 いよいよ権太坂を超える ― 2013/06/25 14:41
第五章 難所、権太坂を超えて戸塚宿へ
<登場人物>
旅人「き」:きんのじ
旅人「お」:おさべえ
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<目次(リンク)>
1.いよいよ権太坂を超える
http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876448
2.品濃一里塚を越えて西へ
http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876449
3.大山道道標、そして戸塚宿へ
http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876450
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1.いよいよ権太坂を超える
朝から快晴。気持ちのよい青空が広がる昼下がり。旅人は保土ヶ谷宿にいた。東海道を歩き始めて5日目。この日は東海道最初の難所、権太坂を超えるのである。
箱根駅伝でも有名な権太坂は、比較的平坦な東海道の中でも、江戸に近い難所として知られている。特に旧東海道の道筋は坂も急で現在でも難所となっている。そんな権太坂の由来は「農夫は自分の名前を聞かれたと思い、「権太」と答えたこと」と言い伝えられている。
さて、権太坂を控えた旅人はどうしているかというと、京側の見附に立っていた。身支度(といってもカメラをセットして地図を手に持つだけだが)を整え、いよいよ出発するようである。
【き】「おさべえ、いよいよ権太坂だな。」
【お】「そうだな。東海道最初の難所と言われている坂だからね。心して行った方がよいだろうね。」
【き】「おし、気合い入れて行こう。」
【お】「おいおい、そんなに気合い入れなくても大丈夫だよ。」
きんのじは、いつになく気合いが入っていた。まるで一山越えてやろう、そういった感じである。
保土ヶ谷宿を出て国道1号線を進むと、やがて右側へ分岐する道が現れる。東海道はここで国道1号線から分岐し、旧道となって続く。旧道は交通量も少なく比較的歩きやすい。晴天も手伝ってか、旅人の足取りは軽やかである。旧道はほどなくして突き当たるが、東海道はここで一旦左折をする。ちなみに、右を見ると東海道線のガードを越えた先で急な坂になっている。実はこの道、保土ヶ谷の手前、松原商店街付近で右に分岐していた「古東海道」である。もともと保土ヶ谷宿は今よりも山側にあったが、交通量の増加により慶安六年(1648年)に改修され、現在の位置へ移動したのである。
さて、旅人はここで一旦迷うことになる。昔は一本道でったであろうこのあたりであるが、今はT路交差点。左に行くことはわかるのだが、その先がわからない。おさべえは地図とにらめっこをしながらルートを探すのである。
【き】「おさべえ、この先の道筋はわかったか?」
【お】「地図を見ると左折した後に右折となっているよ。とりあえず目の前の信号をわたって反対側へ行こう。」
おさべえときんのじは、目の前の横断歩道をわたった。すると、スーパーの下に旅人を見守る道祖神があった。
【お】「道祖神があるということは、ここが街道である証拠だね。」
【き】「ん、道祖神の先に右へ入る道があるぞ。そこじゃないのか。」
【お】「そうかもしれない。とにかく行ってみよう。」
道祖神のあるスーパーの先で右へ入る道がある。旅人はとりあえずそこまで行ってみることにした。
【き】「おお、すごい坂だぞ。」
【お】「本当だ。かなり急な坂が続いているな。もっとも、この辺りは起伏に富んでいるため、こういった坂が多いんだろうな。」
【き】「おさべえ、この道の息吹を聞いてろや。東海道だぞって言っているように思えないか。」
【お】「ん、なんじゃそりゃ。」
【き】「この坂、きっと東海道だ。さあ、上ってみよう。」
【お】「おいおい。」
今日のきんのじは気合いが違う。右へ入る道はすぐに急坂となり先へ続いている。坂の上がどのようになっているのか、まったく見ることができないほど、その坂は急である。比較的直線的に上るこの道に、きんのじは東海道を見たのである。やがてそれは確証へとつながった。急な坂を上り始めてしばらくすると、左側に「権太坂改修記念碑」が立っていた。東海道のことが直接書かれているわけではないが、国道1号線との関連があることから、ここが旧道であることが想像できた。
【お】「間違いない。この道が東海道だ。」
【き】「やっぱりな。そうだと思ったよ。」
【お】「きんのじ、感が冴えているな。」
【き】「はっはっは。」
【お】「さっき出てきた旧道とここは繋がっていたのだろうな。現代になって道路が改修されて区画整理されたことで、ややわかりにくい道になってしまったのだろう。」
【き】「さあ、先を行こう。」
いつもとは逆で、今日はきんのじが先導している。いったいきんのじに何があったのだろうか。それはさておき、ここで権太坂の由来にふれておこう。この坂が権田坂と言われているのにはいくつかの由来があるようだが、”旅人が農夫に坂道の名を聞いたところ、農夫は自分の名前を聞かれたと思い、「権太」と答えた”ことが、権太坂の由来として語り継がれている。上り始めてから光陵高校あたりまでを一番坂、養護学校から境木あたりまでを二番坂と呼ばれている。
気合いの入っているきんのじを先頭に進む二人ではあるが、東海道の難所として語り継がれているだけあって、なかなかのキツさである。上り始めてそれほど時間は経っていないが、きんのじの気合いはどこかへ言ってしまったようだ。話しながらというよりは黙々と進んでいると、右側に「権太坂」と書かれた石柱が立っていた。
【お】「石柱が立っているぞ。権太坂と書いてある。」
【き】「やっぱり難所だな。権太坂は。箱根駅伝に出てくる権太坂はこんなに急じゃないぞ。」
【お】「それは国道1号線だからだよ。」
【き】「それより、この右は学校か?グランドのようだが。」
【お】「光陵高校と書いてある。」
【き】「高校か。ここまで通うのは大変だな。毎日この坂を上り下りするんだろう。」
【お】「そうだな。ここまでかなり上ってきたけど、まだ上が見えないからね。」
【き】「まあ、高校生だからね。体力のある年頃なら、この程度の坂は問題じゃないかもしれないな。」
光陵高校を過ぎると権太坂はいくぶん傾斜が緩やかになる。そして一旦平坦になるが、養護学校あたりから再び上り坂となる。
【き】「平坦になったかと思ったら、また上りか。いったいいつまで上るんだ。」
【お】「だけど、だいぶ上ってきたみたいで、民家の隙間から見れる景色はなかなかいいぞ。」
【き】「どれどれ、本当だ。眺めがいいな。」
【お】「この坂を上りきると頂上じゃないかな。さあもうひと踏ん張り。」
【き】「へいへいい。」
養護学校からの上りはそれほど急ではなかった。やがて平坦になると右側にバス停が現れた。
【き】「お、バス停があるぞ。」
【お】「どうやら権太坂を上りきったようだな。」
【き】「ふー、意外に急で長い坂だった。」
【お】「バス停は境木、この先で東海道は右へ向かうみたいだよ。」
【き】「ああ、ビールが飲みたい。」
【お】「おいおい、まだ早いぞ。旅は始まったばかりじゃないか。」
権太坂を上りきっただけでガス欠状態のきんのじであったが、戸塚宿はまだまだ先である。小休憩をした旅人は先を急ぐことにした。
東海道は、ここからしばらく交通量の多い道を進む。それほど広い通りではないが交通量が多いため、車に用心しながらの旅となる。途中には黒門が立派な民家があり、その立派さに旅人は足を止めた。
【お】「おお、ずいぶんと立派なたたずまいだな。」
【き】「このあたりの地主かなにかの家かね。」
【お】「うーん、詳しくはわからないけど、力のある人の家かもしれないな。」
この黒塀の家は、かつてこの辺りの名物であった「牡丹餅」を売っていた若林家である。今もかわらず威風堂々とした門は見事であるが、交通量の多い道だけに、門を撮る際には注意していただきたい。
--5章2節へ続く--
<登場人物>
旅人「き」:きんのじ
旅人「お」:おさべえ
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1.いよいよ権太坂を超える
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2.品濃一里塚を越えて西へ
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3.大山道道標、そして戸塚宿へ
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1.いよいよ権太坂を超える
朝から快晴。気持ちのよい青空が広がる昼下がり。旅人は保土ヶ谷宿にいた。東海道を歩き始めて5日目。この日は東海道最初の難所、権太坂を超えるのである。
箱根駅伝でも有名な権太坂は、比較的平坦な東海道の中でも、江戸に近い難所として知られている。特に旧東海道の道筋は坂も急で現在でも難所となっている。そんな権太坂の由来は「農夫は自分の名前を聞かれたと思い、「権太」と答えたこと」と言い伝えられている。
さて、権太坂を控えた旅人はどうしているかというと、京側の見附に立っていた。身支度(といってもカメラをセットして地図を手に持つだけだが)を整え、いよいよ出発するようである。
【き】「おさべえ、いよいよ権太坂だな。」
【お】「そうだな。東海道最初の難所と言われている坂だからね。心して行った方がよいだろうね。」
【き】「おし、気合い入れて行こう。」
【お】「おいおい、そんなに気合い入れなくても大丈夫だよ。」
きんのじは、いつになく気合いが入っていた。まるで一山越えてやろう、そういった感じである。
保土ヶ谷宿を出て国道1号線を進むと、やがて右側へ分岐する道が現れる。東海道はここで国道1号線から分岐し、旧道となって続く。旧道は交通量も少なく比較的歩きやすい。晴天も手伝ってか、旅人の足取りは軽やかである。旧道はほどなくして突き当たるが、東海道はここで一旦左折をする。ちなみに、右を見ると東海道線のガードを越えた先で急な坂になっている。実はこの道、保土ヶ谷の手前、松原商店街付近で右に分岐していた「古東海道」である。もともと保土ヶ谷宿は今よりも山側にあったが、交通量の増加により慶安六年(1648年)に改修され、現在の位置へ移動したのである。
さて、旅人はここで一旦迷うことになる。昔は一本道でったであろうこのあたりであるが、今はT路交差点。左に行くことはわかるのだが、その先がわからない。おさべえは地図とにらめっこをしながらルートを探すのである。
【き】「おさべえ、この先の道筋はわかったか?」
【お】「地図を見ると左折した後に右折となっているよ。とりあえず目の前の信号をわたって反対側へ行こう。」
おさべえときんのじは、目の前の横断歩道をわたった。すると、スーパーの下に旅人を見守る道祖神があった。
【お】「道祖神があるということは、ここが街道である証拠だね。」
【き】「ん、道祖神の先に右へ入る道があるぞ。そこじゃないのか。」
【お】「そうかもしれない。とにかく行ってみよう。」
道祖神のあるスーパーの先で右へ入る道がある。旅人はとりあえずそこまで行ってみることにした。
【き】「おお、すごい坂だぞ。」
【お】「本当だ。かなり急な坂が続いているな。もっとも、この辺りは起伏に富んでいるため、こういった坂が多いんだろうな。」
【き】「おさべえ、この道の息吹を聞いてろや。東海道だぞって言っているように思えないか。」
【お】「ん、なんじゃそりゃ。」
【き】「この坂、きっと東海道だ。さあ、上ってみよう。」
【お】「おいおい。」
今日のきんのじは気合いが違う。右へ入る道はすぐに急坂となり先へ続いている。坂の上がどのようになっているのか、まったく見ることができないほど、その坂は急である。比較的直線的に上るこの道に、きんのじは東海道を見たのである。やがてそれは確証へとつながった。急な坂を上り始めてしばらくすると、左側に「権太坂改修記念碑」が立っていた。東海道のことが直接書かれているわけではないが、国道1号線との関連があることから、ここが旧道であることが想像できた。
【お】「間違いない。この道が東海道だ。」
【き】「やっぱりな。そうだと思ったよ。」
【お】「きんのじ、感が冴えているな。」
【き】「はっはっは。」
【お】「さっき出てきた旧道とここは繋がっていたのだろうな。現代になって道路が改修されて区画整理されたことで、ややわかりにくい道になってしまったのだろう。」
【き】「さあ、先を行こう。」
いつもとは逆で、今日はきんのじが先導している。いったいきんのじに何があったのだろうか。それはさておき、ここで権太坂の由来にふれておこう。この坂が権田坂と言われているのにはいくつかの由来があるようだが、”旅人が農夫に坂道の名を聞いたところ、農夫は自分の名前を聞かれたと思い、「権太」と答えた”ことが、権太坂の由来として語り継がれている。上り始めてから光陵高校あたりまでを一番坂、養護学校から境木あたりまでを二番坂と呼ばれている。
気合いの入っているきんのじを先頭に進む二人ではあるが、東海道の難所として語り継がれているだけあって、なかなかのキツさである。上り始めてそれほど時間は経っていないが、きんのじの気合いはどこかへ言ってしまったようだ。話しながらというよりは黙々と進んでいると、右側に「権太坂」と書かれた石柱が立っていた。
【お】「石柱が立っているぞ。権太坂と書いてある。」
【き】「やっぱり難所だな。権太坂は。箱根駅伝に出てくる権太坂はこんなに急じゃないぞ。」
【お】「それは国道1号線だからだよ。」
【き】「それより、この右は学校か?グランドのようだが。」
【お】「光陵高校と書いてある。」
【き】「高校か。ここまで通うのは大変だな。毎日この坂を上り下りするんだろう。」
【お】「そうだな。ここまでかなり上ってきたけど、まだ上が見えないからね。」
【き】「まあ、高校生だからね。体力のある年頃なら、この程度の坂は問題じゃないかもしれないな。」
光陵高校を過ぎると権太坂はいくぶん傾斜が緩やかになる。そして一旦平坦になるが、養護学校あたりから再び上り坂となる。
【き】「平坦になったかと思ったら、また上りか。いったいいつまで上るんだ。」
【お】「だけど、だいぶ上ってきたみたいで、民家の隙間から見れる景色はなかなかいいぞ。」
【き】「どれどれ、本当だ。眺めがいいな。」
【お】「この坂を上りきると頂上じゃないかな。さあもうひと踏ん張り。」
【き】「へいへいい。」
養護学校からの上りはそれほど急ではなかった。やがて平坦になると右側にバス停が現れた。
【き】「お、バス停があるぞ。」
【お】「どうやら権太坂を上りきったようだな。」
【き】「ふー、意外に急で長い坂だった。」
【お】「バス停は境木、この先で東海道は右へ向かうみたいだよ。」
【き】「ああ、ビールが飲みたい。」
【お】「おいおい、まだ早いぞ。旅は始まったばかりじゃないか。」
権太坂を上りきっただけでガス欠状態のきんのじであったが、戸塚宿はまだまだ先である。小休憩をした旅人は先を急ぐことにした。
東海道は、ここからしばらく交通量の多い道を進む。それほど広い通りではないが交通量が多いため、車に用心しながらの旅となる。途中には黒門が立派な民家があり、その立派さに旅人は足を止めた。
【お】「おお、ずいぶんと立派なたたずまいだな。」
【き】「このあたりの地主かなにかの家かね。」
【お】「うーん、詳しくはわからないけど、力のある人の家かもしれないな。」
この黒塀の家は、かつてこの辺りの名物であった「牡丹餅」を売っていた若林家である。今もかわらず威風堂々とした門は見事であるが、交通量の多い道だけに、門を撮る際には注意していただきたい。
--5章2節へ続く--
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