6-1 大坂を上り原宿一里塚へ2014/05/04 22:00

第6章 遊行寺の門前町 藤沢宿へ

<登場人物>
 旅人「き」:きんのじ
 旅人「お」:おさべえ

----------------------------------------------------------------------
<目次(リンク)>
 1.遊行寺の門前町 藤沢宿へ
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302199
 2.遊行寺坂の松並木
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302197
 3.到着、藤沢宿
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302196
----------------------------------------------------------------------


1.大坂を上り原宿一里塚へ
 戸塚駅前。ここが今回の旅のスタート地点となる。この日の行程では横浜市を出て藤沢市に入り、神奈川県も中部へ向かうのである。天候は曇り。雨が心配されているが、行程の半分が国道1号線を歩くことになるため、おさべえにとってはきんのじの愚痴の方が心配であった。
【き】「おさべえ、準備はいいかい。出発するぞ。」
【お】「きんのじ、気合いがはいっているなぁ。」
【き】「そうじゃないけどさ。歩くのが好きだからね。」
【お】「さて、出発しよう。」
 現在の戸塚駅は戸塚宿の中ほどに位置しているため、駅前をスタートした二人はしばらく宿場の中を進むことになる。歩き始めて30分ほどすると、右側に消防署が見えてくるが、その隣に澤邊本陣跡の碑があった。明治天皇の戸塚行在所の碑もあることから、明治天皇が各地を行脚された際に休まれたのであろう。今回最初の史跡である。
【お】「ここが本陣跡か。明治天皇もここで休まれたのだろうな。」
【き】「それにしても、本陣とはどのような建物だったのだろうか。想像がつかないなぁ。」
【お】「絵で見る限りでは、かなり大きな建物のようだけど。」
【き】「見てみたいものだなぁ。」
【お】「東海道筋では、二川宿と草津宿に建物が現存しているそうだよ。」
【き】「二川宿ってどこだ?」
【お】「えっと、この本によると・・・、愛知県だね。」
【き】「愛知県!ここは神奈川県だぞ。」
【お】「まだまだ先というわけだね。」
【き】「先を急ごう。」
【お】「今急いでも変わらないと思うけど・・・。」
本陣跡のあるこの辺りが戸塚宿の中心部であったが、今では駅から少々離れていることもあり、比較的静かな町並みである。駅へ通じる道になっていることもあり、商店が並び、歩くには楽しい場所である。
 本陣を過ぎてしばらく歩くと、右側に神社が見えてきた。街道沿いに鳥居があり、石段を少し上がると本殿がある。
【お】「神社があるなぁ。」
【き】「八坂神社と書いてある。」
【お】「なんでも、毎年お札まきが行われ、その際には女装した10人の男性が歌いながら町内を歩くそうだよ。」
【き】「なんかおもしろそうだな。」
【お】「江戸時代から続いている行事のようだね。」
【き】「へぇ~、由緒ある行事なんだなぁ。」
八坂神社を過ぎて宿場内をさらに進むと、今度は石段が特徴の神社が現れた。鳥居は街道沿いにあるが、本殿は石段を上った先にあるようで、下からでは姿が見えない。
【き】「おお、また神社があるぞ。今度は石段が目立つ神社だな。」
【お】「冨塚八幡宮と書いてあるよ。」
【き】「説明を見ると・・・、戸塚の由来になったようだな。」
【お】「えっと、山頂には古墳があり冨塚と呼ばれていた。この冨塚が戸塚の地名の起こりと言われているのか。なるほど。」
【き】「戸塚の塚は古墳のことだったのか。」
冨塚八幡宮からしばらく歩くと、戸塚宿上方見附跡の碑と説明板があった。ここまでが戸塚宿ということになる。
【お】「上方見附だね。ここまでが戸塚宿ということになる。」
【き】「いよいよ宿場を出るか。」
【お】「それにしても、前回江戸方見附を越えたわけだけど、戸塚宿って結構大きいな。」
【き】「どのくらいの大きさがあったんだ。」
【お】「資料によると、本陣が2軒、脇本陣が3軒、旅籠は75軒あったようだよ。」
【き】「本陣が2軒に脇本陣が3軒か。なかなか規模の大きな宿場だな。」
【お】「当時の旅人にとってちょうど1泊目の距離だったんじゃないかな。」
【き】「なるほど。当時の人はかなりの健脚だったんだなぁ。」
【お】「歩くしかなかったからね。今のように新幹線やバスなどの交通機関がなかったわけだから。」
【き】「文明の利器とはすばらしいものだな。」
【お】「だからこそ、歩く速度で町を見るのは楽しいのかもしれないね。」
【き】「おお、おさべえがまともなことを言ったぞ。」
【お】「あのねぇ。」
【き】「さあ、戸塚宿を出るぞ。目指せ藤沢宿!」
いつになく気合いの入っているきんのじは、上方見附の碑を見てテンションが上がったようである。いつもはおさべえの後について歩くことが多いが、おさべえの前に立って歩き始めた。
 上方見附を過ぎてしばらく進むと、東海道は長い上り坂となる。大坂と呼ばれるこの坂は、比較的ゆるやかではあるものの長く続くため、旅人には少々苦しい坂である。
【き】「おさべえ、上り坂だぞ。だらだらと長そうだ。」
【お】「大坂という坂だよ。」
【き】「大阪?とても食い倒れの町には見えないが。」
【お】「その大阪ではなくて、大きい坂と書く大坂だよ。」
【き】「ああ、大坂ね。」
【お】「わざとボケたんじゃないかい。」
【き】「いやはや・・・。」
【お】「さあ、上ろうか。」
【き】「おさべえ、先に行っていいぞ。おいらは後からついていく。」
【お】「へいへい。」
坂を登り始めてすぐ、街道の右側に石仏群があった。かなり古そうな石仏群である。よく見ると庚申塔であり、中には1714年(正徳四年)や1696年(元禄八年)のものがあった。
【き】「おお、石仏群があるぞ。」
【お】「庚申塔のようだね。相当古いぞ。」
【き】「八基あるな。これはすばらしい史跡だ。」
【お】「きんのじ、楽しそうだね。」
【き】「そりゃそうさ、街道歩きの醍醐味はこうした史跡探しだからな。」
石仏群を後にした二人は、すぐに次の史跡へと足を運んだ。同じく右側に馬頭観音像が建っていたのである。
【お】「次は馬頭観音だね。このあたりは史跡がまとまってあるなぁ。」
【き】「いやはや、これはすばらしい。このようなものがなければ、だらだら続く上り坂だったからね。」
【お】「この馬頭観音、文政九年(1826年)の建立だそうだよ。」
【き】「やっぱり、古道には歴史があるなぁ。これだからやめられない。」
馬頭観音を過ぎると東海道は大坂のてっぺんに到達する。大坂の上という交差点名があるのでわかりやすい。そして、ここから東海道は国道1号線のバイパスに合流する。きんのじにとって退屈な国道歩きの始まりであった。
【き】「ここから国道歩きか。つまらないな。」
【お】「今までも国道1号線だったのだけど・・・。」
【き】「国道であろうとなかろうと、要は史跡があるかどうか。交通量が多いかどうかだね。」
【お】「はっはっは。」
そろそろきんのじの愚痴が始まった。おさべえにとってやっかいな時間が始まろうとしている。

 国道1号線バイパスと合流した東海道は、交通量も増え道幅も広がった。しばらくは幹線道路を進むことになる旅人ではあるが、しばらくすると左側に「お軽勘平道行碑」という史跡らしきものがり、そこで足をとめた。
【き】「「お軽勘平道行碑」なるものがあるぞ。これはなんだ。」
【お】「本当だ。なんの碑だろうか。」
【き】「なになに、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」にちなんで建てられた碑と書いてあるぞ。」
【お】「東海道というよりは歌舞伎に関する碑ようんだね。」
【き】「なんだ。東海道とは関係ないのか。ならいいや。」
【お】「こらこら。これだって関係あるんだから、そう言いなさんな。」
【き】「へいへい。」
二人にとっては謎の「お軽勘平道行碑」を過ぎると、やがて吹上の交差点に着く。交差点を越えると左側の塀の中に「原宿の一里塚」の説明版があり、ここにかつて一里塚があったことを伝えている。
【き】「一里塚だ。」
【お】「原宿の一里塚だね。」
【き】「原宿・・・。あの若者でにぎわう・・・・」
【お】「違うよ。その原宿ではありません。」
【き】「言ってみただけさ。」
【お】「日本橋より11里。付近には茶屋があり原宿と呼ばれるようになったそうだよ。」
【き】「国道の拡張に伴い、塚がなくなったんかなぁ。」
一里塚の反対側には浅間神社がある。この付近にあった原宿村の珍種で、鳥居は安永5年(1777年)の建立である。境内の椎の木は横浜市の名木に指定されている。


--6章2節へ続く--

6-2 遊行寺坂の松並木2014/05/04 21:59

<目次(リンク)>
 1.遊行寺の門前町 藤沢宿へ
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302199
 2.遊行寺坂の松並木
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302197
 3.到着、藤沢宿
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302196
----------------------------------------------------------------------


2.遊行寺坂の松並木
 原宿の一里塚に着いた二人は、反対側にある浅間神社でしばしの休息をとった。立派な椎の木を見た後、藤沢宿を目指して再び歩き始めた。少し進むと、向かって左側に「青面金剛像」があり、その反対側には大運寺がある。
【き】「青面金剛像と書いてあるぞ。」
【お】「そばには、西国順礼供養塔もあるなぁ。」
【き】「供養塔があるということは、ここいらで何かあったんかな・・・。」
【お】「何かって?」
【き】「それがわかりゃ、苦労しないってーの。」
 ここまでは、国道の割には比較的史跡の多い区間であった。ここから先はしばらく史跡のない区間が続く。ひたすら歩くことが苦手なきんのじにとっては、やや退屈な区間である。青面金剛像を後にしばらく歩くと原宿の交差点がある。茶屋があったのはこのあたりと考えられる。現在は住宅地が続き、交通量の多い国道1号線が横切っている。
 さて、原宿の交差点を過ぎてしばらく歩くと、向かって左側に松が植わっている。これが名残の松である。その近くには石仏群がひっそりと佇んている。
【き】「大きな松があるぞ。」
【お】「名残の松かね。」
【き】「江戸時代からずっとあったのだろうか。」
【お】「この木はさすがに江戸時代からのものではないだろうけど、ここにも松並木があったのだろうね。」
【き】「今は車の往来する道だけど、江戸時代は松に囲まれた気持ちの良い道であったのだろうな。」
【お】「ん、あそこに石仏らしきものがあるぞ。」
【き】「どれどれ、おお、石仏群だ。ずいぶんと古そうな感じがするなぁ。」
【お】「国道として拡張されても残されたのは良いことだね。」
【き】「まさにあっぱれ。」
石仏群の先には、道祖神と馬頭観音像が建っていた。立派な囲いの中に立っているが、だいぶ傷んでいるようにも見える。村の厄除けと旅人の安全を願うものとして建てられた。
【お】「今度は馬頭観音と道祖神があるぞ。」
【き】「おお、史跡が多いな。ああ、忙しい忙しい。」
そう言いながら、きんのじはせこせこと歩きまわっていた。
【お】「おいおい、そんなに忙しいことはないだろう。落ち着いて見よう。」
【き】「そうですなぁ。」
【お】「この馬頭観音。文化八年(1811年)と刻まれているよ。古いね。」
【き】「江戸時代の頃より、旅人を見守り続けてきたというわけか。」
【お】「さて、先へ進もうか。」
馬頭観音を後にした旅人は、再び国道1号線の歩道を歩いた。わずかに史跡のない区間はあったものの、国道の割には史跡の多い道筋に、おさべえが心配したほどきんのじの愚痴はなかった。むしろ、史跡が頻繁に出てくることから、あたふたしているきんのじが笑えた。おさべえ自身も、史跡を写真に記録することが多く、案外楽しい道筋であった。

 馬頭観音の先には影取町の交差点があり、このあたりから東俣野町に入る。やがて左側に斜めに分岐する道が現れる。東海道はここを左に分岐し、しばらく国道1号線と並走する形となる。途中には大蛇の言い伝えが残る諏訪神社がある。その昔、社の裏に大蛇が棲む池があり、池に映る旅人の影を取って喰らったという。交差点名にあった影取町の名前は、ここからきているという。
【き】「神社があるぞ。」
【お】「諏訪神社だね。」
【き】「ということは、信州にある諏訪大社の分社ということになるな。」
【お】「まあね。」
【き】「お、境内には立派なクスノキがあるぞ。」
【お】「本当だ。立派なクスノキだな。」
【き】「こいつもずっとここに鎮座しているんだろうな。」
【お】「まあ、あながち間違っちゃいないけど、鎮座という言葉はちょっと・・・。」
【き】「鎮座だろう。」
【お】「このクスノキ、横浜市の名木古木に指定されているみたいだよ。」
【き】「やっぱりな。そうだと思ったよ。だってさ、こんなに立派な木なんだから。」
【お】「はははは・・・。」
【き】「今日は曇っているけど、晴れた日なんかは、この規模の神社の境内は気持ちがいいだろうな。」
【お】「そうだね。」
【き】「ちょっと休んで行こう。」
【お】「まあいいけど、天候が心配だね。」
そう言って空を見上げるおさべえ。空は曇りで心なしか厚みを増してきているような感じがする。天気予報では雨が予想されているだけに、少しでも先に進みたい心境のおさべえである。
【き】「さて、少し休めたし、先へ進もうか。」
【お】「そうだな。藤沢市まではもうすぐだし。」
【き】「なに、藤沢宿まではもう少し。そこまで来たのか。」
【お】「あ、いや、藤沢宿ではなくて藤沢市。この先で東海道は左に向かい県道30号線になるんだけど、そこいらで藤沢市に入るみたいだよ。」
【き】「なんだ。藤沢宿ではなくて藤沢市か。」
諏訪神社を後にした旅人は、今にも雨が降り出しそうな空の下を、藤沢宿目指して進んだ。東海道は左に分岐した後、国道1号線としばらく並走していたが、東俣野の交差点に着くと、国道1号線から左に分岐する県道30号線に合流する。この東俣野の交差点は、鎌倉時代の軍用道、鎌倉街道上道と交差している場所でもある。鎌倉街道の道筋はとぎれとぎれとなっているが、東俣野交差点周辺にま、今も古道が残っている箇所がある。
【お】「東俣野の交差点だね。ここで東海道は左、つまり県道30号線となって遊行寺へ向かうよ。」
【き】「遊行寺、聞いたことがあるな。」
【お】「箱根駅伝じゃないのか。」
【き】「おおそうだ。箱根駅伝だ。」
【お】「遊行寺の横、なだらかに下る坂が遊行寺坂といって、箱根駅伝では定点撮影のポイントとなっている場所だね。箱根駅伝ではよく映っているよ。」
【き】「そうか。我々も箱根駅伝の選手のように、東海道を箱根に向けて歩いているんだな。」
【お】「いきなり箱根かい。まずは藤沢宿にしておこう。」
【き】「へいへい。」
【お】「この先には松並木があるぞ。」
【き】「松並木か。そりゃ楽しみだ。」
【お】「ちなみに・・・。」
【き】「ちなみに?」
【お】「ここ、東俣野の交差点では、東海道とは別の古道が横切っているんだよ。なんだかわかるか。」
【き】「別の古道?」
【お】「鎌倉街道上道。あの新田義貞が鎌倉攻めの際に使用したという道。」
【き】「いざ鎌倉へ!あの新田義貞か。」
【お】「そうそう。鎌倉街道には上道、中道、下道の3つの本道と幾筋もの市道からなっていると考えられているんだ。その内上道は、分倍河原を通り高崎まで伸びていて、この東俣野で東海道と交わっていたとされているよ。その証拠に、近くに庚申塔などの石仏があるらしいよ。」
【き】「へぇー、ということは、ここから鎌倉に行かれるというわけか。」
【お】「そうだね。確かに現在の道路も鎌倉・江の島方面に続いているからね。」
【き】「鎌倉時代の古道と江戸時代の東海道。道の歴史は刻まれているな。」
【お】「鎌倉街道もいつか辿ってみたいものだな。」
【き】「そのうちな。」
鎌倉街道に思いをはせながら、二人は江戸の東海道を遊行寺目指して進んだ。ちなみに、藤沢宿は鎌倉時代の東海道(京鎌倉往還と呼ばれていた)と江戸時代の東海道の接点でもある。

 県道30号線を進むと藤沢市に入り、やがて旧東海道松並木跡の碑が見えてくる。街道沿いには松並木が存在していて、気持ちよく歩ける。道はゆるい下り坂となるが、これが箱根駅伝でも有名な遊行寺坂である。
【き】「おさべえ、藤沢市にはいったぞ。」
【お】「横浜市を抜けたね。」
【き】「おお、前方に松が見えるぞ。」
【お】「あれが藤沢の松並木だよ。」
【き】「行こう。」
きんのじの足が速くなった。松並木を見るときんのじはいてもたってもいられなくなるのであろう。
【き】「大きな石碑があるな。旧東海道松並木跡と刻まれているぞ。」
【お】「ついにきたね。藤沢宿はもうすぐだよ。」
【き】「さあ、松並木を歩こう。」


--6章3節へ続く--

6-3 到着、藤沢宿2014/05/04 21:58

<目次(リンク)>
 1.遊行寺の門前町 藤沢宿へ
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302199
 2.遊行寺坂の松並木
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302197
 3.到着、藤沢宿
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2014/05/04/7302196
----------------------------------------------------------------------


3.到着、藤沢宿
 藤沢の松並木に到着した二人は、存分に写真を撮った(実際に写真を撮ったのはおさべえだけだが)。そして、いよいよ松並木を歩きながら遊行寺の坂を下るのである。
【き】「松並木はいいね。東海道らしい。」
【お】「確かに見事だね。」
【き】「松が車道と歩道の間になるので、松の下を歩けるなぁ。」
【お】「神奈川県の東海道で有名な松並木といえば、やっぱり大磯だけど、ここも街道情緒があって立派じゃないか。」
【き】「お、いいこと言うね。東海道といえばやっぱり松並木だからな。」
【お】「この先は遊行寺坂。右側には遊行寺があるよ。」
しばし江戸時代の旅人気分となり松の下を歩く二人。街道は下りこう配となり遊行寺坂にさしかかる。遊行寺の交差点で鎌倉・江の島方面へ向かうことが出来るため、交通量は比較的多い。しかし、松並木はそんな交通量を気にさせない。しばらく歩くと、松並木も終わり一里塚跡の碑と江戸方見附跡の碑が現れる。
【き】「ああ、松並木が終わる。」
【お】「それほど長くないので、あっという間だったな。」
【き】「東海道が終わった・・・。」
【お】「おいおい、東海道は終わっていないぞ。」
【き】「終わったのは松並木だったな。」
【お】「・・・・・・。」
【き】「それにしても、遊行寺坂はだらだらと長いなぁ。上りだったら結構疲れるぞ。」
【お】「こんな坂を箱根駅伝の選手は走って登るんだからさ、すごいよなぁ。」
【き】「そうだな。」
【お】「ん、あそこに碑が建っているぞ。」
【き】「どれどれ。」
二人は碑らしきものへ近づいた。
【お】「一里塚跡。遊行寺の一里塚だ。」
【き】「こっちは江戸方見附跡の碑だ。」
【お】「ということは、ついに藤沢宿へ来たわけだ。」
【き】「いやー、長かったな。」
旅人はついに藤沢宿へ辿りついた。ここからは宿場内となるが、この日は小田急線の藤沢本町がゴール地点となるため、もう少し歩くようである。

 藤沢宿は、遊行寺の門前町として栄えた。鎌倉道、江の島道、宿外ではあるが大山への参拝道を追分として持ち、参拝客で大いに賑わった。鎌倉道に関しては、近くに鎌倉街道上道も通っているが、ここでいう鎌倉道は江戸時代のものである。また、鎌倉時代の東海道(京鎌倉往還)もこの地を通っていたことから、時代を経て交通の要所であった。
 見附の碑を越えると右側に遊行寺の入口があるため、二人は遊行寺の中に入った。境内はとても広く、本堂は大きい。遊行寺は時宗の総本山であり、正中2年(1325年)に創建された。本尊は阿弥陀如来である。
【き】「遊行寺か。大きいな。」
【お】「時宗の総本山だからね。」
【き】「ちょいと休憩しようか。」
【お】「そうだな。」
今回のゴール地点まではしばらくあるため、二人はここで小休止することにした。この小休止があだとなることを、まだ旅人は知らない・・・。
 遊行寺の境内に入ると、本堂の大きさにも圧倒されるのだが、近くにあるイチョウにも目が奪われる。この大イチョウ、藤沢市の天然記念物に指定されている。境内を散策すること30分。時間はまだ15時前であるが、まるで夕方のような暗さになってきた空。そんな空を気にしてか、もう少し遊行寺を散策したいという気持ちを抑え、二人は先を急ぐことにした。
 さて、一旦東海道に戻る。遊行寺坂を下りきった東海道は、遊行寺の交差点手前で一旦右に折れる。すぐに遊行寺黒門前の交差点に出るが、ここを左に折れる。赤い欄干の遊行寺橋を渡り右に折れる。この辺りは藤沢広小路と呼ばれ、藤沢宿の3曲がりとして有名である。また、広小路は火除地を意味し、火災から人家を守り、被災者の避難場所としても使用されていた。
【き】「藤沢広小路か。防災の意味があったのだな。」
【お】「そうだね。それと宿場でもあるので、鍵の手も担っていたのだろうね。」
【き】「赤い欄干の橋があるぞ。」
【お】「境川にかかる橋で、遊行寺橋というそうだよ。」
【き】「へぇー、さすがは遊行寺の門前町。すべてに遊行寺の名が付いているな。」
【お】「それにしても、今にも降り出しそうな空だな。」
【き】「こりゃ、雨がくるかもしれないぞ。」
その時、空からポツリポツリと雨が降ってきた。おさべえが気にしていた雨が降ってきてしまったのである。
【き】「ああ、雨が降ってきたぞ。」
【お】「ついに降ってきたか。」
【き】「宿場に入ったのだから、もう少し我慢してくれていればいいのになぁ。」
【お】「こればかりは仕方がない。傘をさそう。」
次第に雨の量が増してきて、道路を濡らしていく。宿場に入ったもののこの日のゴールは小田急線の藤沢本町駅。もう少し宿場内を歩く必要があった。

 藤沢広小路を過ぎて藤沢本町方向へしばらく歩くと、蒔田本陣跡の案内板があった。二人は本陣跡の案内版の前で足をとめた。
【き】「蒔田本陣跡と書いてあるぞ。ここに本陣があったのか。」
【お】「今ではこの案内板が本陣のあったことを伝えているけど、当時はどのくらいの規模の建物があったのだろう。」
【き】「そうだな。タイムマシーンでもあれば見ることができるのだが・・・。」
【お】「はははは。おっと、写真を撮らなきゃ。」
【き】「雨でも写真を撮るのか。」
【お】「そりゃそうさ。写真はここにきた証だからね。ちゃんと東海道を辿っていることを記録しなきゃ。」
【き】「熱心なことで・・・。」
【お】「さて、写真を撮ったから先へ進もう。」
本陣跡を過ぎて先へ進むと、道路の左側の藤沢市消防署本町出張所の前に問屋場跡の案内版が立っていた。本陣、問屋場などがあったことから、このあたりが藤沢宿の中心だったのであろう。現在は、東海道線の藤沢駅周辺が街の中心であるが、藤沢本町の本町という地名が、かつてここが中心であったことを伝えている。
【お】「今度は問屋場跡の案内板があるぞ。」
【き】「どれどれ、おお、本当だ。」
【お】「本陣跡があって問屋場跡があるということは、この辺りが宿場の中心だった場所だね。」
【き】「ここが江戸時代の藤沢の中心地か。今はずいぶんと静かな場所なんだな。」
【お】「現在の藤沢の中心部は、東海道線の藤沢駅付近だからね。」
【き】「時代とともに変わって行ったというとか。」
【お】「写真を撮ってと・・・。傘を持っているとちょっと撮りずらいねぇ。」
【き】「雨が本降りになってきたよ。撮れたかい?」
【お】「なんとか。」
【き】「いよいよ本降りになってきたので、先を急ごう。」
時間は15時。まだまだ時間的には余裕がある。本来なら宿場内をゆっくりと散策する二人であるが、この日は本降りの雨となったため、足早に史跡を過ぎるのであった。問屋場跡から先へ進むと、やがて源義経首洗井戸の案内板が出てくる。
【お】「源義経首洗井戸の案内板があったよ。」
【き】「源義経首洗井戸?」
【お】「これも史跡さ。その名の通り源義経の首を洗ったとされる井戸。ちょっと見ていこうか。」
【き】「うーん、あまりいい感じのしない史跡だな。首を洗った井戸だろ。」
【お】「そうだよ。」
【き】「雨も降っているし、先を急ごうじゃないか。」
【お】「そう言わずに、ちょっと見ていこう。」
【き】「・・・・・・。」
この手の史跡はちょっと苦手なきんのじ。おさべえに促されるように井戸を見に行った。この井戸は、平泉で討れた義経の首は首実検後、片瀬の浜に捨てられ、境川を逆り白旗に漂着したものを 里人がこの井戸で洗い清めたという言い伝えが残されている。
【き】「なんか、いまいち気味の悪い井戸だな。」
【お】「言い伝えはあるけど、普通の井戸だよ。」
【き】「まあそうだけどね。」
【お】「とりあえず記録を残して・・・。」
【き】「おお、この井戸も撮るのか。おさべえは勇気あるな。」
【お】「そうか。」
【き】「おいらは絶対に撮らないね。こういうあまりよくない言い伝えのある史跡は。」
【お】「さあ、記録を残したので先へ進もう。藤沢本町の駅はもうすぐだから。」
【き】「おお、やっとゴールか。雨なのでさっさと終わらせよう。」
源義経首洗井戸を後にして先を急ぐ二人。やがて交差点に差し掛かると、右側に大きな鳥居が見えた。白旗神社の鳥居である。
【お】「あれは白旗神社の鳥居だね。結構大きいな。」
【き】「本当だ。」
【お】「行ってみるかい?」
【き】「いや、やめよう。」
【お】「あれ、いつもなら寄るのに、今日は寄らないのかい。」
【き】「雨も降っているし、次回にしようじゃないか。」
雨が降るととたんにやる気のなくなるきんのじ。終えたいという気持ちが伝わってきた。おさべえは仕方なく、交差点を直進した。前方に橋が見えると藤沢本町の駅である。
【き】「橋があるぞ。」
【お】「伊勢山橋だよ。」
【き】「川でもあるのか。」
【お】「いやいや、小田急線を越える橋さ。」
【き】「ということは、ついたわけか。藤沢本町に。」
【お】「そういうこと。」
二人は伊勢山橋の前に立った。橋の下には小田急線が走っており、向かって右側に藤沢本町の駅がある。
【お】「今日はここまで。次回はここからスタートだね。」
【き】「やっと着いた。雨が降ると歩くのが面倒になるな。」
【お】「ありゃまぁ。」
【き】「さあ。帰ろう。とっとと帰って疲れ癒そう。」
【お】「何で癒すんだい?」
【き】「もちろん、ビールで。」
【お】「やっぱり・・・。」
15時20分。時間的にはまだ余裕があるが、鉄道の駅前であることや雨が降っていることもあり、本日の旅はここで終えるようである。二人は藤沢本町から小田急線に乗り藤沢へ。藤沢から東海道線に乗って東京を目指した。


第七章へ続く

5-3 大山道道標、そして戸塚宿へ2013/06/25 14:43

<目次(リンク)>
 1.いよいよ権太坂を超える
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876448
 2.品濃一里塚を越えて西へ
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876449
 3.大山道道標、そして戸塚宿へ
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876450
----------------------------------------------------------------------


3.大山道道標、そして戸塚宿へ
 日が傾き始めた頃、おさべえときんのじの行く手には巨木が現れた。国道脇の民家に植わっている木のようだが、その大きさに圧倒される。案内板がありモチの巨木であることがわかった。巨木のある家は益田家と記されている。
【き】「おさべえ、ものすごく大きな木があるぞ。」
【お】「どれどれ、本当だ。かなり大きな木だな。何の木だろう。」
【き】「案内板にはモチの木と書いてあるぞ。木の植わっている民家は益田家だそうだ。」
【お】「由緒ある家柄なのだろうか。」
【き】「うーん、あまりピンとこないけどなぁ。とりあえず巨木は見事だということで、先へ進もう。」
あまり興味を示さない旅人だが、日も傾きかけてきたので、先を急ぐことにした。
【お】「ん、きんのじ。対岸になにか社のようなものがあるぞ。」
【き】「どれどれ、本当だ。行ってみよう。」
モチの巨木のある益田家とは反対側に側道があるが、そこに社のようなものをおさべえは発見した。早速信号を渡り反対側へ行ってみることにした。
側道を入ると、そこには石碑やら社やら、立派な史跡が建っていた。よく見ると「大山道」という文字が見えることから、道標のようである。
【お】「きんのじ、これは大山道の道標だな。」
【き】「本当だ。ということは、この側道は大山道か。」
【お】「ここから大山の阿夫利神社まで通じているわけだな。一度は行ってみたいものだな。」
【き】「よし、じゃあ今から行こう。」
【お】「本気かい?」
【き】「冗談さ。」
【お】「やっぱりね。」
大山道は、大山にある阿夫利神社への参拝道の総称である。江戸時代、大山への参拝といえば庶民の娯楽の一つでもあった。神奈川県内を通る東海道からは、特に大山道の分岐が多い。やぱり、東海道は最も往来の多い道であったためだと思われる。
【お】「それにしても、大山どはどんなところなのかな。」
【き】「途中まで階段があるんだよ。伊香保温泉みたいに。階段の左右には店があってさ。登り切るとケーブルカーがあるんだ。そのケーブルカーに乗って途中まで上るわけさ。」
【お】「ん、いやに詳しいな。きんのじ。」
【き】「まあね、一度行ったことがあるからね。」
【お】「なんだ、すでに行っていたのか。」
【き】「結構いいとろこだぞ。今度行ってみな。」
【お】「そうするよ。」
【き】「さて、先を急ごうか。」
【お】「ちょっとまって。写真を撮っていくよ。」
【き】「おお、そうだった。おさべえは証拠写真を撮っているんだったな。思う存分撮ってくれ。」
【お】「証拠写真とは大げさな。」
【き】「それにしても、ここの分岐は立派だねぇ。」
【お】「確かに。鳥居のあった分岐も見事だったけど、ここには社があるしね。」
一通り写真を撮ると、おさべえはきんのじに合図をした。旅人は再び戸塚宿を目指して国道1号線を歩き始めた。益田家を過ぎるとすぐに不動坂の分岐となり、旧東海道は左側の道となる。旧道をしらばく進むと、立派な門構えの民家がある。
【き】「おお、すごく立派な民家だ。」
【お】「民家というよりは酒造みたいなものなのかもしれないな。」
【き】「そのようにも見えるな。」
【お】「これだけ立派な建物なんだから、普通の民家じゃないかもね。」
【き】「気になるけど、日の傾きの方がもっと気になるので、先へ進もう。」
立派な家に興味をひかれつつも、日の傾きが気になる旅人は旧道をあしばやに過ぎ去る。しばらく歩くとT路地にぶつかる。旧東海道は右へ右へ曲がり国道1号線に合流する。再び国道歩きとなる東海道は、夕方でもあるのか、かなり交通量が多い。
【き】「国道か・・・。」
【お】「ん、国道だけど何か?」
【き】「旧道は短かった。はかない旧道の命もつきたか。」
【お】「あん、なんじゃそりゃ。」
【き】「やっぱり国道は苦痛だ。歩道があってもこの交通量。煤煙をすいながらの旅は苦痛でしかない。」
【お】「ああ、いつものぼやきか。国道歩きとなると決まってぼやくな、きんのじは。」
【き】「旧道の楽しみが国道にはないと思わないか。」
【お】「まあ、その気持ちはわかるけどね。でも、ガイドブックを見るとこの先はずっと国道1号線を歩くみたいだぞ。」
【き】「なんと。ゴールは国道1号線か。まるで箱根駅伝のようだ。」
【お】「ん、なんかよくわからないぞ。まあいいや。とにかく先を進もう。戸塚宿までかなり近づいてきたようだから。」
ぼやくきんのじをせかしながら、おさべえは先を急いだ。東海道は国道1号線となり戸塚宿へ向かう。退屈な国道歩きではあったが、しばらくするとファミリーレストランの横に石碑を見付けた。そこには「戸塚宿江戸方見付け」と書かれている。
【お】「きんのじ、江戸方見付け」と書いてあるぞ。」
【き】「おお、やっと戸塚宿だ。いやー、長かった。」
【お】「ここから宿場か。国道1号線なので仕方ないけど、なんとも味気ない宿場入りだな。」
【き】「いやー、本当に。」
【お】「でもまあ、石碑が建っているだけましか。」
【き】「そういうこと。さあ、宿場に入ろう。」
江戸方見付けを過ぎたことで、旅人は戸塚宿に入った。保土ヶ谷宿から権太坂を超えてやってきたのだが、今日のゴールまではまだ先があることを、忘れかけているようである。
【き】「いやー、宿場に着いたぞ。」
【お】「なあ、きんのじ。」
【き】「ん?」
【お】「宿場にはいったけど、まだゴールじゃないからね。」
【き】「おお、そうか。で、今日のゴールはどこだっけ?」
【お】「戸塚駅だね。ちょうど東海道、つまり国道1号線と東海道線が交差しているところが駅なので。」
【き】「なるほどね。じゃあ、まだ先があるってわけか。」
【お】「そういうこと。もう一踏ん張りしよう。」
【き】「そうだな。ゴールさへすれば、あとはうまいビールが待っている。」
【お】「はやくもビールか。」
ゴールという言葉を聞くと、きんのじの頭の中はビールで支配されるようである。

 さて、東海道はこのまま国道1号線を進むことになる。先ほどの不動坂のところで国道1号線はバイパスが分岐しており、戸塚駅前を通る国道1号線の交通量は次第に減ってきている。歩道と車道が分かれている点では、旧道よりも歩きやすいかもしれない。
 江戸方見付けからしばらく進むと一里塚の案内板が建っていた。品濃一里塚から4キロきたことになる。戸塚一里塚は江戸からちょうど10里に位置している。1里約4キロの計算でいくと、ようやく40キロきたことになるのである。
【お】「お、一里塚だ。」
【き】「戸塚一里塚か。あの巨大な品濃一里塚から4キロということになるな。」
【お】「ちなみに、江戸から数えて10里目となるので、40キロきたことになるな。」
【き】「40キロか。ずいぶんきたように思えるけどさ、京都までは約500キロだろ。まだまだ先は長いなぁ。」
【お】「まあね。4キロ歩いただけでもずいぶんきたなぁと思うくらいだからね。」
【き】「そうか。あと何回ビールが飲めるんだろう。ゴールする回数だけ飲めるというわけか。」
【お】「おいおい、ビールかい。」
【き】「そうさ。ビールは大切なガソリンだからね。」
【お】「へいへい。でもまあ、まだまだ楽しめるってわけだよ。」
戸塚一里塚を過ぎるとしばらく史跡のない区間が続く。やがて前方に橋が見えてきた。近づくと「吉田大橋」と書かれている。
【き】「吉田大橋か。大橋の割には小さいな。」
【お】「いやいや、このあたりでは比較的大きい橋なんだよ。」
【き】「前方は東海道線か。踏切があるぞ。」
【お】「この橋を渡ると戸塚の踏切。つまり戸塚駅だよ。」
【き】「やったぞ。今日のゴールだ、ビールが待っている。」
おさべえは苦笑いをしながら、先導して橋を渡った。きんのじもおさべえについて橋を渡った。橋を渡り終えると目前に踏切が現れる。東海道線と横須賀線の踏切であり、左側は戸塚駅である。
戸塚宿は、駅のすぐ横を通っている国道1号線上となるため、鉄道の駅から最も近い宿場とえいるのではないだろうか。そんな宿場の中心部が、現在の戸塚駅周辺のようである。
【お】「踏切をわたり終えたぞ。今日はここまでにしよう。」
【き】「本陣の案内はなさそうだな。」
【お】「ガイドブックによるともう少し先にあるみたいだよ。」
【き】「なるほど。本陣はもう少し先か。まあ、今日はここまでにするか。」
【お】「そうだね。きんのじもビールを飲みたそうだし、駅前でもあるので、ここを今回の終了地点としようか。」
【き】「ご苦労さん。」
どうやら、旅人は戸塚駅前で今回の旅を終えたようである。権太坂を超える今回の行程は、二人にとって少し長く感じたようである。終了地点の写真を撮り、二人はビールの待つ東京都内へ向けて、戸塚駅から電車に乗った。


第六章へ続く

5-2 品濃一里塚を越えて西へ2013/06/25 14:43

<目次(リンク)>
 1.いよいよ権太坂を超える
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876448
 2.品濃一里塚を越えて西へ
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876449
 3.大山道道標、そして戸塚宿へ
  http://o-chan.asablo.jp/blog/2013/06/25/6876450
----------------------------------------------------------------------


2.品濃一里塚を越えて西へ
 さて、黒塀見事な邸宅を過ぎると、やがて道は左に分岐する。右側には「境木地蔵尊」がある。階段を上った上にお堂があるのだが、地蔵尊の名前が示すように、このあたりは武蔵と相模の国境付近になっていた。
【お】「きんのじ、右側に地蔵尊があるぞ。これが境木地蔵尊だよ。」
【き】「境木地蔵尊。名前から言って、なんかの境のようだな。」
【お】「武蔵野国と相模国の境らしい。」
【き】「ということは、ここから相模国に入るというわけか。」
【お】「そうだね。」
【き】「いやー、武蔵は広かった。」
【お】「どうだろう。せっかくだから少し休んでいかないか。」
【き】「いいねえ。」
旅人は地蔵尊に寄るみたいである。正面の階段を上るとお堂があり、ちょっとした広場になっている。近くにベンチがあるので、二人は腰を下ろした。周囲には木が生えており、吹く風が心地よい。しばしの休憩タイムであった。
【き】「風が気持ちいいな。ところでおさべえ。」
【お】「ん?」
【き】「この先で道がわかれているようだが、東海道はどっちだ?」
【お】「車の多い道は環状2号線に繋がる道。なので、左の道が東海道だね。」
【き】「おおそうか。」
【お】「さてと、そろそろ行きますか。」
おさべえの言葉を合図に旅を再会した二人。境木地蔵尊を出発すると左へ分岐する道を進む。道は下り坂となって続いている。この坂は「焼餅坂」といい、このあたりにあった立場で焼いた餅や牡丹餅などを売っていたことから、このような名が付いたとされている。
【き】「下り坂だな。焼餅坂と書いてあるぞ。餅か・・・。食べてみたいな。」
【お】「はっはっは。きんのじは餅とそばとビールには目がないからな。それにしても焼餅坂なんて、おもしろい名前だな。どんな由来があったのだろう。」
【き】「さしずめ、餅を焼いていたといったところだろう。
【お】「そのままじゃないか、きんのじ。」
【き】「そのままが案外由来かもしれないよ。ほら。」
【お】「ありゃりゃ、本当だ。境木に立場があって餅を焼いている店があったのか。きんのじの感があたったよ。」
【き】「まあね。」
【お】「さあ、先へ進もう。戸塚宿まではまだ先が長いからね。」
二人は焼餅坂を下った。坂を下りきると右に道が別れ、その先には小さな橋がある。橋を越えると再び上り坂となって道は続いている。どうやら、小さな川(沢みたいなものなのだろう)が削ったバレーのようである。坂を上りきると、いよいよ今回のハイライト品濃一里塚が待っているのである。
【き】「小さな川だな。川の先は上り坂か。」
【お】「きっとこの川が削った地形なんだろうな。」
【き】小さいのにたいしたもんだ。水というのは。」
【お】「いよいよだぞきんのじ。この坂を上りきると一里塚がある。東海道を歩いてきてはじめて見る本物の一里塚だよ。」
【き】「おお、本物か。さあ行こう。」
はやる気持ちをおさえつつ、二人は坂を上った。住宅街の中を行くと左右に木立のある公園らしきものがあった。右側は丘のようになっており、左側は崖のようになっている。右側の丘の麓には「品濃一里塚」と書かれていた。
【お】「おお、これが一里塚だ。神奈川県ではここだけ残っている本物の一里塚。しかも左右に残っている。」
【き】「ということは、このこんもりした丘みたいなのが塚というわけだな。左側は崖のようになっているが、これも塚なのか。」
【お】「それにしても大きい。こんなに一里塚って大きいのか。」
【き】「想像以上に大きいぞ。」
【お】「右側の塚は右の小道より回り込んで行けそうだ。いってみよう。」
京を進行方向とした場合、右側にある塚は右の小道より回り込んで塚の上に行かれるようになっている。旅人は塚に上ってみた。
【お】「おお、円錐形の塚になっている。これぞ一里塚。」
【き】「しっかし、こんなに大きいとはね。これなら確かに旅人の目印になるよな。」
その大きさに圧倒される二人であったが、それもそのはず。この品濃一里塚は通常の一里塚よりも大きいのである。通常は9メートル四方なのだが、ここの一里塚は16メートル四方あるのである。このあたりは、東海道が平戸村と品濃村の境になっており、右側の塚は品濃村、左側の塚は平戸村の塚となっている。
【お】「塚の裏が公園になっているのはいいね。対岸の左側の塚も回り込めるのだろうか。」
【き】「一旦東海道に戻ってみよう。」
二人は東海道に戻った。そして左側の塚を調べるが、回り込める小道は見当たらない。
【お】「回り込むのは無理なのだろうか。」
【き】「なあおざべえ。地図を見ると左側の塚を挟んで道があるぞ。この先に小さな交差点があるので、左に行けば塚を挟んだとなりの道に行けるんじゃないか。」
【お】「行ってみよう。」
二人は一旦東海道を先に進んだ。すぐに小さな交差点となり左折をする。するとすぐに左へ入る道がある。位置的に東海道と並走している感じである。二人はその道に入る。少し進むと「一里塚山公園」と書かれた公園があった。
【き】「おさべえ、一里山公園とかいてあるぞ。」
【お】「まさにこれだ。」
【き】「公園の中に塚があるじゃないか。」
【お】「こうしてみると、ちゃんとした塚になっているぞ。」
二人は公園の中に入った。公園の中央には巨大な塚があり、東海道に面していることがわかる。公園からは東海道を見下ろすような形になり、対岸に品濃村側の一里塚が見える。あらためてその巨大さが見て取れる。
【お】「こうして見ると、ものすごく巨大だ。だけど、これほどの大きな塚がよく残ったな。」
【き】「周辺は宅地開発されているのにあっぱれ。人間、やれば出来るってもんだな。」
【お】「ちょっと違うような・・・。」
一里塚を堪能した二人は、再び東海道に戻り戸塚宿を目指して歩を進めた。東海道はしばらく高台を進む。権田坂からの尾根が続いているようで、品濃村側(つまり右側)は谷になっているようである。谷底には環状2号線が走っているためか、東海道の交通量は少なく比較的歩きやすい。しばらく歩くと果樹園の横を歩く事になり、ここが横浜市内であることを忘れてしまう。
 果樹園を過ぎると分岐点にさしかかる。東海道は右方向へ向かい坂を下る。道はカーブを描き台地を下ってゆくが、途中から直進して階段となる道がある。これが東海道である。
【き】「おさべえ、これが東海道か。階段になっているが。」
【お】「東海道だよ。ここは品濃坂といって権太坂で上った分を下ることになるね。ほら、ここに立派な石碑があるぞ。」
【き】「本当だ。品濃坂と書いてある。」
【お】「当時は坂だったのだろうけど、環状2号線を作った際に分断されたんだろう。せめてもの償いとして階段と歩道橋で歩行者は通りを渡れるようになっているんだろうね。」
【き】「そのようで。」
【お】「さて、進みますか。」
東海道は階段と歩道橋となって品濃坂を下り、環状2号線を越える。歩道橋を渡り終えるとすぐに右へ入る道がある。対岸の品濃坂から一本のラインを引くと繋がっているように見える。
【お】「東海道はここを右に入る道だな。」
【き】「でも、すぐに分岐があるぞ。東海道はどっちだ。」
【お】「地図を見る限りでは左だね。元々は一本道だったのかもしれないが、区画整理をされるなどしてわかりにくくなってしまったのかもしれないな。」
【き】「よし、おさべえの言葉を信じて、左の道を進みますか。」
【お】「おいおい、プレッシャーをかけるなよ。」
環状2号線から右へそして左へ進むと、しばらく品濃坂の続きのように坂道が続く。坂を下りきると平坦な一本道となるが、しばらくすると右側に用水路(川)が現れるので、この用水路に沿う形で先へ進むことになる。この間、これといった見物があるわけでもなく、ひたすら先を目指す時間が続く。やがて国道1号線との交差点となるので、国道1号線を横断しさらに用水路沿いに進むと、赤関橋がある。
【き】「橋か。赤関橋と書かれているな。道が分かれているぞ。」
【お】「右は国道へ、なので左が東海道だね。」
およそ300メートルくらい進むと、結局東海道は国道1号線に合流してしまった。ここから先は国道歩きとなる。こうなるときんのじのぼやきがはじまる。
【き】「国道1号線に合流しちゃったよ。交通量は多いし歩道は狭いし、東海道じゃないなこりゃ。」
【お】「まあまあ、そうぼやくなって。昔は人の歩く道でも今は車中心の社会なのだから。ちょっと苦痛だけど一歩一歩進もう。」
おさべえはきんのじをなだめながら交通量の多い国道1号線を戸塚宿目指して進んだ。


--5章3節へ続く--