4-3 いよいよ保土ヶ谷宿 ― 2012/10/14 12:36
<目次(リンク)>
1.京急の小さな駅からスタート!
http://o-chan.asablo.jp/blog/2012/10/14/6602169
2.賑やかな商店街を越え、次なる宿場へ
http://o-chan.asablo.jp/blog/2012/10/14/6602168
3.いよいよ保土ヶ谷宿
http://o-chan.asablo.jp/blog/2012/10/14/6602167
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3.いよいよ保土ヶ谷宿
環状2号線になると、交通量も増し、これまでの東海道とは雰囲気が変わる。ただ、歩道が整備されている分、歩きやすさは増す。旅人は、そんな東海道を保土ヶ谷宿へ向けて進む。
【き】「ずいぶんと交通量が多いな。」
【お】「そりゃそうさ、きんのじ。この環状2号線は、このあたりでは幹線道路だからね。」
【き】「さっきまでの、生活感あふれる道と比べると、無機質な感じがするなぁ。」
【お】「でも、この道は保土ヶ谷駅まで繋がっているので、賑やかではあるよな。」
【き】「まあな。」
【お】「きんのじ、地図を見ると、このまま進めば、保土ヶ谷駅の近くで旧道が分岐していて、このあたりが保土ヶ谷宿みたいだ。いや、正確にいうと、すでに保土ヶ谷宿に入っているのかもしれない。」
【き】「なるほど。」
しばらく進むと、「右相州道」と書かれた木抗が立っていた。「相州道」とは、東海道から分岐する大山道の一つで、大山道、厚木道、八王子道の総称である。
ここで、「大山道」について簡単に述べるとしよう。大山道は、相模原にある大山へ向かう参拝道の総称で、関東のいたるところから分岐している。大山には阿夫利神社があり、江戸時代、この阿夫利神社へ参拝することが、娯楽の一つであった。
さて、旅人はそんな相州道との分岐(つまり追分け)を見ながら、保土ヶ谷宿へ向かって歩を進めた。交通量の多い道ではあるが、保土ヶ谷駅へのアクセス道でもあることから、道の両側には店舗も多く、賑わいを見せている。車道を見れば、路線バスも走り、神奈川宿から旧道となっていた東海道も、この辺りでは交通の中心にある、といった感じである。
【お】「交通量の多い道のわりには、店も多く、楽しめないか、きんのじ。」
【き】「うん、そうだな。まあ、楽しめるほどでもないなぁ。」
【お】「おやおや、今ひとつ煮え切らないといった感じだね、きんのじは。史跡が少ないからか。それとも、飽きてきたか。」
【き】「はっはっは、そんなんじゃないよ。交通量の多い現代の道は、江戸情緒がないからね。東海道ではあっても、当時の旅人の気分にはなれない。街の中にある普通の道を歩いているといった感覚にしかならないんだよな。」
【お】「なるほど。」
【き】「宿場町であったところは、史跡も多く、それなりに楽しめるけどね。」
【お】「でもさ、きんのじ。よく見てみてみなよ。にわかに神社や寺が増えていているとは思わないか。」
【き】「そうえばそうだな。」
【お】「つまり、きんのじが待ちに待っていた宿場が近いというわけだよ。」
【き】「そうか。そうなると、楽しくなってきたぞ。」
追分けを過ぎて道なりに進むと、環状2号線は左へカーブしていくが、直進する道が分岐する。この直進する道が、旧東海道である。すでに保土ヶ谷宿に入っており、きんのじの待っていた宿場の史跡が現れてくる。
【お】「道が分かれているな。」
【き】「どっちが東海道だ、おさべえ。直進している道が東海道っぽいが。」
【お】「きんのじの言うとおり、直進している道が東海道だよ。左へ行けば保土ヶ谷駅。」
【き】「いつのまにか、保土ヶ谷宿にはいっいたというわけか。」
【お】「そうみたいだ。もしかしたら、天王町駅あたりが、江戸側の見附だったかもしれない。」
【き】「それじゃ、あの道へ向かいますか、おさべえ。」
直進している道へ入ると、すぐに宿場に関係する史跡が現れた。高札場跡と書かれた案内板が、そば屋の軒先に掲げられていたのである。高札場跡の先には、小さな十字路があり、石碑がいくつか建っていた。
【お】「きんのじ、石碑が建っているぞ。」
【き】「どれどれ、本当だ。なんの石碑だ。」
【お】「金沢道。金沢八景の方へ向かう道と書いてあるな。ちなみに、この小さな道は金沢横丁というらしい。」
【き】「へぇー、金沢八景ねぇ。ここから行かれるのか。」
【お】「きんのじ、この十字路を過ぎると、本陣のあったところに出るぞ。」
【き】「おお、そうか。よし、東海道を進もう。」
【お】「あ、踏切だ。十字路の先に踏み切りがあるぞ。」
【き】「東海道線の踏切か。」
【お】「きんのじ、踏切を渡ると、東海道は国道1号線に合流するけど、そこに本陣があったらしいよ。今でも門が残っているみたいだ。」
【き】「となると、あの建物か。」
東海道線の踏切を越えると、東海道はすぐに国道1号線に合流する。この合流するところに、本陣の門と思われる遺構が残っている。
【き】「おさべえ、これが本陣跡か。建物は江戸時代のものではなさそうだぞ。」
【お】「きんのじ、本陣の遺構は門だけだよ。」
【き】「門だけか。でもまあ、門だけとはいえ、初めて見る本陣の遺構だな。」
【お】「よく残っていた。そんな感じだね。」
【き】「本陣があったということは、このあたりが保土ヶ谷宿の中心か。当時の宿場ここで曲がっていたのかなぁ。」
【お】「当時とは、かなり区画が変わっているかもしれない。国道と鉄道が開通して、当時の道筋は変更されてしまっているだろうからね。」
【き】「おさべえ、今日はここで終わりか。」
【お】「まだ時間があるので、もう少し先に進んでみよう。保土ヶ谷宿はこの先も続いているので。」
旅人は、本陣の門が残る本陣跡を越え、国道1号線と合流した東海道を先に進む。どうやら、保土ヶ谷宿のはじまで行くようである。本陣跡から少し歩くと、立派な古民家があった。
【き】「おさべえ、ずいぶんと立派な旧家があるぞ。なんの建物だろう。」
【お】「いやー、これは立派だなぁ。ガイドブックなどには載っていないけど、恐らく宿場に関係する建物だったんじゃないかな。例えば、旅籠とか。」
【き】「この大きさからいって、旅籠だった可能性はあるな。」
【お】「この建物だけ見ていると、江戸時代の面影があるよな、きんのじ。」
【き】「まあね。」
【お】「さて、もう少し進もう。」
旧家を過ぎると、左側に小さな川が現れる。やがて、外川神社の表札が見えてくると、保土ヶ谷宿は終わりを向かえる。
【お】「きんのじ、外川神社と書かれた表札があるぞ。」
【き】「小さな神社だな。」
【お】「この辺りが、保土ヶ谷宿の京側の見附と言われているよ。」
【き】「ということは、宿場はここで終わりか。」
【お】「今日はここまで。この先は、東海道最初の難関、権太坂が待っているぞ。」
【き】「おお、権太坂か。箱根駅伝でも有名な、あの坂だな。」
【お】「難所越えは次回にして、今日は保土ヶ谷駅から帰ろう。」
【き】「お疲れさん、おさべえ。さあ、帰ってビールでも飲もう。」
【お】「またビールかい!」
旅人は、外川神社の前でこの日の工程を終えた。宿場のはじまで歩いてきたので、保土ヶ谷駅までは、かなり戻ることになったが、宿場をじっくりと散策しながら、駅へ向かったのである。
次回は、いよいよ東海道最初の難所、権太坂を越える。旅人の思いは、はやくも権太坂越えに移っているようである。
旅は、第5章へ続くのである・・・。
1.京急の小さな駅からスタート!
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2.賑やかな商店街を越え、次なる宿場へ
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3.いよいよ保土ヶ谷宿
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3.いよいよ保土ヶ谷宿
環状2号線になると、交通量も増し、これまでの東海道とは雰囲気が変わる。ただ、歩道が整備されている分、歩きやすさは増す。旅人は、そんな東海道を保土ヶ谷宿へ向けて進む。
【き】「ずいぶんと交通量が多いな。」
【お】「そりゃそうさ、きんのじ。この環状2号線は、このあたりでは幹線道路だからね。」
【き】「さっきまでの、生活感あふれる道と比べると、無機質な感じがするなぁ。」
【お】「でも、この道は保土ヶ谷駅まで繋がっているので、賑やかではあるよな。」
【き】「まあな。」
【お】「きんのじ、地図を見ると、このまま進めば、保土ヶ谷駅の近くで旧道が分岐していて、このあたりが保土ヶ谷宿みたいだ。いや、正確にいうと、すでに保土ヶ谷宿に入っているのかもしれない。」
【き】「なるほど。」
しばらく進むと、「右相州道」と書かれた木抗が立っていた。「相州道」とは、東海道から分岐する大山道の一つで、大山道、厚木道、八王子道の総称である。
ここで、「大山道」について簡単に述べるとしよう。大山道は、相模原にある大山へ向かう参拝道の総称で、関東のいたるところから分岐している。大山には阿夫利神社があり、江戸時代、この阿夫利神社へ参拝することが、娯楽の一つであった。
さて、旅人はそんな相州道との分岐(つまり追分け)を見ながら、保土ヶ谷宿へ向かって歩を進めた。交通量の多い道ではあるが、保土ヶ谷駅へのアクセス道でもあることから、道の両側には店舗も多く、賑わいを見せている。車道を見れば、路線バスも走り、神奈川宿から旧道となっていた東海道も、この辺りでは交通の中心にある、といった感じである。
【お】「交通量の多い道のわりには、店も多く、楽しめないか、きんのじ。」
【き】「うん、そうだな。まあ、楽しめるほどでもないなぁ。」
【お】「おやおや、今ひとつ煮え切らないといった感じだね、きんのじは。史跡が少ないからか。それとも、飽きてきたか。」
【き】「はっはっは、そんなんじゃないよ。交通量の多い現代の道は、江戸情緒がないからね。東海道ではあっても、当時の旅人の気分にはなれない。街の中にある普通の道を歩いているといった感覚にしかならないんだよな。」
【お】「なるほど。」
【き】「宿場町であったところは、史跡も多く、それなりに楽しめるけどね。」
【お】「でもさ、きんのじ。よく見てみてみなよ。にわかに神社や寺が増えていているとは思わないか。」
【き】「そうえばそうだな。」
【お】「つまり、きんのじが待ちに待っていた宿場が近いというわけだよ。」
【き】「そうか。そうなると、楽しくなってきたぞ。」
追分けを過ぎて道なりに進むと、環状2号線は左へカーブしていくが、直進する道が分岐する。この直進する道が、旧東海道である。すでに保土ヶ谷宿に入っており、きんのじの待っていた宿場の史跡が現れてくる。
【お】「道が分かれているな。」
【き】「どっちが東海道だ、おさべえ。直進している道が東海道っぽいが。」
【お】「きんのじの言うとおり、直進している道が東海道だよ。左へ行けば保土ヶ谷駅。」
【き】「いつのまにか、保土ヶ谷宿にはいっいたというわけか。」
【お】「そうみたいだ。もしかしたら、天王町駅あたりが、江戸側の見附だったかもしれない。」
【き】「それじゃ、あの道へ向かいますか、おさべえ。」
直進している道へ入ると、すぐに宿場に関係する史跡が現れた。高札場跡と書かれた案内板が、そば屋の軒先に掲げられていたのである。高札場跡の先には、小さな十字路があり、石碑がいくつか建っていた。
【お】「きんのじ、石碑が建っているぞ。」
【き】「どれどれ、本当だ。なんの石碑だ。」
【お】「金沢道。金沢八景の方へ向かう道と書いてあるな。ちなみに、この小さな道は金沢横丁というらしい。」
【き】「へぇー、金沢八景ねぇ。ここから行かれるのか。」
【お】「きんのじ、この十字路を過ぎると、本陣のあったところに出るぞ。」
【き】「おお、そうか。よし、東海道を進もう。」
【お】「あ、踏切だ。十字路の先に踏み切りがあるぞ。」
【き】「東海道線の踏切か。」
【お】「きんのじ、踏切を渡ると、東海道は国道1号線に合流するけど、そこに本陣があったらしいよ。今でも門が残っているみたいだ。」
【き】「となると、あの建物か。」
東海道線の踏切を越えると、東海道はすぐに国道1号線に合流する。この合流するところに、本陣の門と思われる遺構が残っている。
【き】「おさべえ、これが本陣跡か。建物は江戸時代のものではなさそうだぞ。」
【お】「きんのじ、本陣の遺構は門だけだよ。」
【き】「門だけか。でもまあ、門だけとはいえ、初めて見る本陣の遺構だな。」
【お】「よく残っていた。そんな感じだね。」
【き】「本陣があったということは、このあたりが保土ヶ谷宿の中心か。当時の宿場ここで曲がっていたのかなぁ。」
【お】「当時とは、かなり区画が変わっているかもしれない。国道と鉄道が開通して、当時の道筋は変更されてしまっているだろうからね。」
【き】「おさべえ、今日はここで終わりか。」
【お】「まだ時間があるので、もう少し先に進んでみよう。保土ヶ谷宿はこの先も続いているので。」
旅人は、本陣の門が残る本陣跡を越え、国道1号線と合流した東海道を先に進む。どうやら、保土ヶ谷宿のはじまで行くようである。本陣跡から少し歩くと、立派な古民家があった。
【き】「おさべえ、ずいぶんと立派な旧家があるぞ。なんの建物だろう。」
【お】「いやー、これは立派だなぁ。ガイドブックなどには載っていないけど、恐らく宿場に関係する建物だったんじゃないかな。例えば、旅籠とか。」
【き】「この大きさからいって、旅籠だった可能性はあるな。」
【お】「この建物だけ見ていると、江戸時代の面影があるよな、きんのじ。」
【き】「まあね。」
【お】「さて、もう少し進もう。」
旧家を過ぎると、左側に小さな川が現れる。やがて、外川神社の表札が見えてくると、保土ヶ谷宿は終わりを向かえる。
【お】「きんのじ、外川神社と書かれた表札があるぞ。」
【き】「小さな神社だな。」
【お】「この辺りが、保土ヶ谷宿の京側の見附と言われているよ。」
【き】「ということは、宿場はここで終わりか。」
【お】「今日はここまで。この先は、東海道最初の難関、権太坂が待っているぞ。」
【き】「おお、権太坂か。箱根駅伝でも有名な、あの坂だな。」
【お】「難所越えは次回にして、今日は保土ヶ谷駅から帰ろう。」
【き】「お疲れさん、おさべえ。さあ、帰ってビールでも飲もう。」
【お】「またビールかい!」
旅人は、外川神社の前でこの日の工程を終えた。宿場のはじまで歩いてきたので、保土ヶ谷駅までは、かなり戻ることになったが、宿場をじっくりと散策しながら、駅へ向かったのである。
次回は、いよいよ東海道最初の難所、権太坂を越える。旅人の思いは、はやくも権太坂越えに移っているようである。
旅は、第5章へ続くのである・・・。
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